月別アーカイブ: 2015年10月

スナップ (สแน็ป) 第28回東京国際映画祭 コンペティション

プンは今バンコクに住んでいる。彼女には結婚を約束した恋人もいる。ある日のこと,高校時代の同級生だったボーイと偶然に出会う。彼はカメラマンをしているようだ。そんなことと時を同じくして,高校時代の同級生が故郷で結婚式を挙げることになった。プンとは今でも仲が良い仲間なので,彼女も当然出席する。おそらくボーイも出席するのだろうし,田舎へどうやって帰るのか電話をしてみたりもしてみた。
実は,プンとボーイは高校時代,互いを意識し合う仲だった。しかし,プンが卒業前に転校してしまったのだ。プンが去る日,何故だかボーイは見送りに来なかった。それで,お互いの連絡も途絶えていたのだった。
プンが故郷へ帰って高校へ行ってみると,とても懐かしい。ボーイと一緒に過ごした日々が思い出されて仕様がない。でも,それは遠い思い出なのだ。今更,二人の仲がどうなるものでもなかった。

プンの趣味の一つが,あらゆる日常をスナップして SNS に上げること。これがタイトルの一つのバックグラウンドとなっている。もちろん,高校時代のスナップ写真という意味もこめられているのだが。
本作は女性目線で描かれている。しかし,果たして恋人のいる女性が,過去のほのかな恋に郷愁を抱いたりするものだろうか?男目線ならば,それはよくわかるのですが,そんなところにもちょっと違和感がありました。田舎へどう帰るのかという問い合わせができるということは,電話番号を知っているわけでしょう。何故,連絡を今までしなかったのかな?仲間とはしょっちゅう会っているような感じだし,何故ボーイとは疎遠になっていたのか?ちょっと脚本にも齟齬があるような気もします。それに,青春ものとしては輝きが足りないかなぁとも思うし,情感も不足しているようにも思います。

©TrueVisions Group Co., Ltd.

ヴィクトリア (Victoria) 第28回東京国際映画祭 ワールド・フォーカス

スペインのマドリッドからベルリンにやってきて,カフェで働くヴィクトリア。とある夜遅く,クラブへ出かけた帰り道,4人の若者に声をかけられる。車を盗もうとしていたその若者たちはヴィクトリアを隠れ家へ誘う。そこはとあるアパートの屋上で,たまに彼らはここですごしているらしい。ゾンネ,ボクサー,フュス,ブリンカーと名乗った彼らはさほどワルではなさそうだ。でも,ボクサーはムショに入っていたこともあるらしい。
ゾンネはヴィクトリアが気に入ったらしいし,彼女の方もまんざらではない。でも,もうすぐ夜が明ける。彼女はカフェを開けなければならないので,カフェへと帰る。ゾンネも別れがたく,そこまで一緒に行くが,そこで彼女がピアノを弾くのを見て驚く。プロ並みだ!彼女は音楽院出身だが,才能がないので,ピアノは諦めたのだと言う。「音楽院の生活なんて,まるで老人のようだった。今はワルになってみたい」
そこで問題が起きる。ボクサーがムショ時代に世話になった男から頼まれて,これから一仕事しなければならない。でも,人数が4人必要なのに,ヤクで朦朧となってしまったフュスが使い物にならなくなってしまったのだ。「なら私がやる」とヴィクトリア。その時はそんなに危ない仕事だとは思ってもみなかったのだった。

まさに驚きである!冒頭から全篇がワンカットだ!キャメラはヴィクトリアから離れることなく,140分間(!)の出来事を正確に記録し続ける。まるで生き物のようにつきまとうキャメラは凄いとしか言えない。しかも,光と音で充満するクラブ,夜のベルリン,狭い階段からエレベータ,そして夜が明けて明るくなったベルリン。そして,ゆるやかな動きから,アクションシーンへと多様な光景を映像化していく撮影テクニックには脱帽するしかない。もちろん,その演出も!
後半は銀行襲撃とそこからの逃亡という極めてサスペンスフルでアクロバティックなシーンが連続する。観客はそれに釘付けとならざるを得ない。いやぁ,凄いです!面白いです!

©Matchfactory

シム氏の大変な私生活 (La Vie Très Privée de Monsieur Sim) 第28回東京国際映画祭 ワールド・フォーカス

冴えない中年男のフランソワ・シム。妻とも別れて,今は仕事すらない。旅先で出会ったポピーの家のパーティへ行くと,そこで彼女の伯父さんという人と出会う。彼からドナルド・クロウハーストというヨット乗りの話を聞く。彼は世界一周ヨットレースに出るのだが,最後には行方不明になってしまった男だ。おそらく自殺したのだろうというのが一般的な見解になっている。彼についての本を読み始めるシム。ようやく,歯ブラシを売る営業職にありつき,フランスを営業で歩く毎日だが,クロウハーストの本に影響される毎日でもある。そんな彼の行動がロードムービーの体裁を取りながら描写されていく。

フランス映画らしい人生を深く見つめる作品である。コメディタッチでありながら,クロウハーストの人生,そして,シムの父親の人生を自分の人生に重ねあわせながら,人生の中に潜む偶然・必然・楽しみ・絶望などが語られていく。人生とは哀しい。でも,人生は楽しいのだ!まさにフランス流人生賛歌であるとも言える。
何層にも重ねられた物語が絡み合ってくる脚本は圧倒的に素晴らしい。でも,まさかこのタイトルで日本公開はしませんよね?

友だちのパパが好き 第28回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ

タエは大学に入ったばかり。両親は離婚しようとしている。元はといえば,父親の浮気が原因なのだが,今まで離婚を延ばし延ばしにしていたのには色々と理由がある。でも,ようやく離婚することになった。タエの友人のマヤはそれを喜ぶ。なぜなら,マヤはタエの父親である恭介が好きだから。昔からファザコンの気があって,周囲からは変だと思われているマヤだが,恋愛はいつも本気で純粋だ。だからこそ困るのだけれど。さてさて,マヤの純愛の行方は?

驚くべき傑作なのかもしれない。「ロミオとジュリエット」を一つのモチーフとしながらも,日本映画が古くから扱ってきた家族とか,ラブストーリーとか,男と女の憎愛劇とか,が実に現代的なバックグラウンドの元で語られていく。何よりも素晴らしいのは,まさに平成の今,登場人物が口にするダイアローグであり,その感性だと思う。これには参らせられました。
とっつきは軽〜いライトコメディかと思いきや,そんなことはない!まさに深刻な内容である。ラスト,マヤの純愛は成就するかに見える。しかし,事はそんなに簡単にはいかないだろう。これからこそ大変だ。

ユーロスペースで12月からの公開が決定している。是非観るべし!

©2015 GEEK PICTURES

今は正しくあの時は間違い (지금은맞고그때는틀리다) 第28回東京国際映画祭 ワールド・フォーカス

映画監督のチュンスは自作の上映会で講演するため水原の町を訪れる。連絡の不手際から一日早く着いた彼は画家のヒジョンと出会う。そして,二人は喫茶店に行き,飲み屋へ。そして二人は酔っ払う。すなわち,いつものホン・サンスのパターンとなる。ところが,本作はわずかな初期条件の違いから,わずかに異なってしまう物語が二通り語られるのだ。物語が異なってしまっても,登場人物の行動パターンや内面は同じなわけで,異なる角度から別の物語を観客は観ることになる。同様なパターンを持った作品が今まであったかどうかはちょっとわからないが(あってもおかしくはないようにも思える),観客によって反応は異なるのではないかと思う。主役であるチュンスのにやけぶりを見るにつけ,これはホン・サンスだからこそ許される映画のようにも思える。果たして,これをホン・サンス・マジックだと言っていいものなのかどうか?
「自由が丘で」の編集と言い,新しい試みを繰り出すホン・サンス。いやはや,まいっちゃいますよね(笑)。

© JEONWONSA Film Co.

少年バビロン (少年巴比伦) 第28回東京国際映画祭 アジアの未来

高校を卒業したばかり,20歳のルー・シャオルーは地元の化学工場に勤めることになる。この街では,誰もがこの化学工場に勤めることになるのだ。言われるままに働いていたシャオルーだが,工場の女医であるバイ・ランに心惹かれる。何度もアタックするうちに,どうやらうまい具合に恋人らしき関係になったのもつかの間,バイ・ランは上海にある医大の大学院を受験すると言い出した。

コメディタッチで描かれる青春なのだが,まさに中国大陸映画のテイストで,今ひとつついていけない部分も多い。何やら生真面目過ぎる部分が多いからかもしれない。台湾の「あの頃、君を追いかけた」やヴィッキー・チャオ監督の「So Young~過ぎ去りし青春に捧ぐ~」に連なる作品だと言えなくもないのだが,そこまで青春のみずみずしさが感じられないような気がする。

©Design Parter(UK) LTD.

七日 第28回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ

年老いた祖母と暮らす一人の男の一週間を淡々と追い続ける映画。月曜日から翌週の月曜日まで,男は目覚め,洗面し,ゴミを出し,新聞を取り,朝食を食い,仕事に出かける。仕事は牛舎での牛の世話だ。仕事をし,昼食を食い,帰途につき,夕食を食べ,寝る。それが繰り返される。セリフは一切なく,撮影監督・方又玹の実に力強いモノクロームの映像と,音楽監督・渡辺雄司による土着めいた圧倒的存在感を持つ音楽が映画を支配する。
毎日の繰り返しという観点で言えば,小林政広監督の「愛の予感」を思い出す人が多いかもしれないが,「愛の予感」はあくまでもミステリであり,ラブストーリーであり,毎日の繰り返し映像が,信じられないような緊迫感を生んでいる。しかし,本作はそれとは対照的に,全く逆の方向性を示しているように思える。単調なる繰り返し。しかし,それが実に魅力的なのだ。この映画を観て退屈だと言う人には,この映画を語る資格はないように思える。

©大田原愚豚舎

ボーン・トゥ・ビー・ブルー (Born to be Blue) 第28回東京国際映画祭 コンペティション

名ジャズ・トランペット奏者であるチェット・ベイカーを描く。ドラッグに依存し,一度はどん底まで落ちながら,新しい恋人に見守られながら少しずつ再生していく姿が描かれる。

何よりもチェット・ベイカーを演じたイーサン・ホークの素晴らしさである。どん底まで落ちてしまった主人公役を繊細に演じきっている。トランペットの指使いには半年をかけたと言うし,作品中で歌われる歌はイーサン・ホークその人が歌っている。彼は「6才のぼくが、大人になるまで。」でも,ミュージシャンであり,軽快かつ妙味あふれる父親役を見事に,かつ,楽しそうに演じていたが,いやぁ音楽的才能はホントにありますね。お見事と言わざるを得ません。

© 2015 BTB Blue Productions Ltd / BTBB Productions SPV Limited

風の中の家族 (風中家族) 第28回東京国際映画祭 ワールド・フォーカス

中国大陸で起きた国共内戦。その内戦で台湾への撤退を余儀なくされた国民党軍の3人の兵士。彼らは途中で出会った孤児の少年と共に台湾へ渡ってくる。ようやく手に入れたあばら家で4人は共同生活を始める。戦後台湾史を一人の少年を中心として描く一大クロニクル。

王童監督久しぶりの大作である。古臭いと言えなくもないが,実にオーソドックスな演出は古き良き時代の映画を感じさせてくれる。途中もたつく感もなきにしもあらずだし,いったい彼らは今何歳なのか訝しく思ったりもするのであるが,最後まで観終わると,わずか2時間強の尺にもかかわらず,ずっしりとした大河ドラマに満足させられるのは流石としか言えない。

©Renaissance Films Limited

百日草 (百日告別) 第28回東京国際映画祭 ワールド・フォーカス

同じ交通事故で愛するパートナーを失ったふたりの物語。ミンは婚約者を失い,ユーウェイは妊娠中の妻を失う。その後の二人の百日間が描かれる。ユーウェイは一時茫然自失となるが,そのうちにピアノを教えていた妻の教え子たちの家を回り,使われなかった月謝を返して歩く。ミンは予定していた沖縄への新婚旅行に一人で出かけ,二人で訪れる予定だった店を一人で回る。初七日から節目ごとに山の上にある寺の読経に二人とも出て行くが,心にぽっかりと空いた穴は埋まらない。それでも,二人は生きていくしかないのだ。
何が起きるわけでもない二人の姿が淡々と描かれていく。ユーウェイを演じる石頭もミンを演じる久々の林嘉欣も抑えた演技で素晴らしい。でも,何か足りないように思える。それは何なのかはよくわからないが,観ていて苦しいばかりのこの映画には,もっと救いがあってもいいのではないかというのは観る側のないものねだりなのだろうか?

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