月別アーカイブ: 2015年11月

第16回東京フィルメックス 審査員会見

11月28日、有楽町朝日ホールスクエアで第16回東京フィルメックスの審査員会見が行われ「タレンツ・トーキョー2015」の受賞作を除く各賞が発表された。

はじめに、市山尚三東京フィルメックス・プログラムディレクターより、観客賞が発表された。受賞したのは『最愛の子』(ピーター・チャン監督/中国・香港/2015)。チャン監督は残念ながら帰国されていたが、会場からは大きな拍手が贈られた。

続いて学生審査員の山元環さん・菅原澪さん・十河和也さんが紹介され、山元さんより学生審査員賞が発表された。受賞したのは『タルロ』(ペマツェテン監督/中国)。「恋歌は、纏っていたものを自ら剥ぎ取り、喧噪に唸るパンクロックへと変化した。本当に、彼が返るべき場所は「自然」だったのだろうか。最後、緑の中、私たちに背を向けるタルロに以前の面影は無い。圧倒的な、何かを得た、或いは失った彼をそこに見た」と授賞理由が述べられた。ペマツェテン監督は「今、受賞結果を聞き、フィルメックスとの縁を感じる。第12回東京フィルメックス映画祭で『オールド・ドック』(11)が最優秀作品賞を受賞したのに続き、学生審査員の皆さんからいただいたこの賞は、激励の一言。これからも自分が作っていきたい映画を生み出す力になる」と喜びを語った。

次にイ・ヨンガン審査委員長よりスペシャル・メンションが発表された。受賞したのは『白い光の闇』(ヴィムクティ・ジャヤスンダラ監督/スリランカ)と奥田庸介監督(『グスとブスとゲス』/日本)。新作撮影のため来日が叶わなかったジャヤスンダラ監督に代わり、編集を担当したサマン・アルヴィディガラさんから「初めての上映をフィルメックスでできたことは、本当に嬉しい。改めて審査員の皆さんに心から感謝を申し上げたい。この受賞は、スリランカ映画界としても光栄なこと。これからもっと良い映画が作られるための勇気づけになる」と語った。また、奥田庸介監督は「先ほど受賞を知らされ、ドキドキがとまらない。心臓の鼓動を皆さんに聴かせたい」とマイクを胸に当ててみせた。「作品を評価していただけたことは、本当に嬉しい。映画祭スタッフ、審査員の皆さんに、残りの人生の幸せを分けたい」と語り、会場からは大きな拍手が贈られた。

審査員特別賞は塩田明彦監督より発表された。『べヒモス』(チャオ・リャン監督/中国)が受賞し、副賞として賞金30万円が授与された。塩田監督は「現代文明と荒廃していく人間と自然を批判的かつ詩的にビジュアル化した」と評を述べた。チャオ監督は、今朝、取材があるという連絡を受け会場に来たが、実は受賞のために呼ばれたことを知り「騙されてしまったが嬉しい」と笑顔で語った。

最後に、シルヴィア・チャン審査員より最優秀作品賞が発表され、現代文明と伝統文化の相違に引き裂かれてゆくチベットの遊牧民をユーモアとほろ苦さを交えて描いた『タルロ』(ペマツェテン監督/中国)が、学生審査員賞に引き続き受賞した。副賞は賞金70万円。シルビア・チャン審査員は「IDを求める男がIDを失くすシンプルなコンセプトを美しく映画にしたことに対して、グランプリを贈ります」と授賞理由を述べた。第12回の『オールド・ドック』(11)と合わせて2度目の最優秀作品賞の受賞となったペマツェテン監督は「シルヴィアさんには台湾金馬奨でもお目にかかったばかり。ここでまた、授賞理由を伝えていただき本当に嬉しい」と語った。また、フィルメックスは自身にとって「スペシャルなものであり、多くの映画人や作品と出会うことができた。この作品に携わってくれた全ての方に心からのお礼を伝えたい」と喜びを語った。

各賞の発表及び表彰を終え、審査員を代表してイ・ヨンガン審査委員長から総評に先立ち「新しく貴重な経験をもたらしてくれた」と林 加奈子ディレクター、市山尚三プログラム・ディレクターへの感謝が伝えられた。「10本のコンペティション作品を通じて、審査員である前に、ひとりの映画人として、アジアの新しい映画の傾向を知り、意欲あふれる新人監督に“映画の未来”を見ることができた。とても興味深く幸せな時間だった」と述べ、「とても実験的かつ意欲にあふれた作品ばかり。アジアの映画の未来は明るいと感じさせてくれた。すべての作品、監督に称賛の言葉を贈りたい」と締めくくった。

会場からの質疑応答に移り、ペマツェテン監督への質問が多く寄せられた。『タルロ』は「3年前に自身が書いた短編小説がもとになっていると説明。しかし、短編小説を長編映画にすることは、困難な作業でもあったという。また、主役タルロを演じたシデニマさんは、チベットでは有名なコメディアンであり詩人。起用理由を「私がイメージしたタルロそのもの。コメディアンでありながら憂鬱な雰囲気を持つ姿がタルロと重なった。一番の決め手は、彼が17年間も伸ばしていた三つ編み」と語った。脚本に共感し引受けてくれたが、髪を切るのは幾度も迷い葛藤していた、とペマツェテン監督。また、髪を切るヤンツォ役のヤシンクツォさんも、一発勝負の撮影のために大変な練習を重ねて挑んだとか。「まさに役のため、映画という芸術のために犠牲を払ってくれた」と評し、「良い画を撮ることを最優先にし、アフレコも考えていた」と作品テーマを象徴するシーンの撮影での苦労を明かした。また、微博(中国版Twitter)では、シデニマさんのイメージがガラッと変化し、話題になったという。中国国内やチベット自治区での上映は、来年の上半期頃からを予定していると語った。

第16回東京フィルメックス開会式

2015年11月21日(土)、東京・TOHOシネマズ日劇にて、第16回東京フィルメックスが開幕した。オープニング上映に先立って、開会式が行われた。登壇した林加奈子東京フィルメックス・ディレクターは冒頭「東京フィルメックスに関わる多くの皆さんのご協力、ご支援、ご協賛に心から感謝申し上げます」と感謝の言葉を述べ、「映画愛に溢れる人々が集まる、フィルメックス。東京フィルメックスは映画の力を信じる国際映画祭です。皆さま、楽しい日々を過ごしましょう」と開会を宣言した。

続いて、今年のコンペティション審査員が紹介された。映画監督の塩田明彦さん、映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さん、アド・ヴィタム買付・編成担当のグレゴリー・ガジョスさん、審査委員長を務めるイ・ヨンガン釜山映画祭ディレクター。そして女優・映画監督のシルヴィア・チャンさんも審査員メンバーに名を連ねているが、残念ながら開会式の出席はかなわなかった。

審査員を代表してイさんは「ここにいらっしゃる審査員の皆さんと映画を見て、話をして、良い作品を選ぶよう努めます」と意気込みを語った。コンペティション部門10作品を対象とした最優秀作品賞と審査員特別賞は最終日の前日、11月28日(土)に発表される。同時に学生審査員が選ぶ学生審査員賞や特別招待作品を含めて対象となる観客賞も発表される。

父のタラップ車 (Merdiven Baba) 第28回東京国際映画祭 アジアの未来

ファズルは空港で清掃員をしている冴えない中年男だ。家では家族に馬鹿にされ,妻にはとうとう出て行かれてしまった。何かしなければと,今までは贅沢だと考えていた車を買うことにした。会社から中古を買えば,安く手に入るらしい。しかし,買った車が空港で使われるタラップ車。アメリカ製だが,相当古い。LNG ではなく,ガソリンで走る車だ。とすれば,維持費もバカにならない。しかもタラップが着いたまま!それを知った家族にはまた馬鹿にされた。
ところが,それが吉と出たのだ。町内で火事が起き,タラップがはしごの役を果たして人命救助をしたのだ。ニュースにも出た!バカにしていた近所の人たちも彼に一目置くようになった。しかも,それがきっかけとなり,タラップ車を借りに来る人が続出。ついにはCM出演するまでになった!家族もようやく怒りをおさめてくれるのだった。

ダメ男がある日突然注目の的となる。今までも随分と使い古されたストーリーではある。もちろん,タラップ車を登場させるというのはおそらく初めてではあろうけれども。コメディ仕立てのトルコ映画。なかなか観る機会のないトルコ映画を観られるのは映画祭の一つの楽しみでもある。映画を観ることによってその国の生活が見えてくる。確かに,遠い国にも同じ笑いを共有するような人が住んでいることがわかる。でも,日常生活は全然違うのだが。そんなことを観ることも映画の大きな楽しみであろう。

© MİNT FİLM YAPIMCILIK A.Ş.

告別 (告別) 第28回東京国際映画祭 アジアの未来

シャンシャンはイギリス留学から帰って来た。もうロンドンには戻ることはないだろう。父親は映画関係の仕事をしていたが,今は肺癌で療養中。何年もは生きられないようだ。
シャンシャンと父親との間は疎遠だったし,一緒の時間を過ごしたいと思ったりもするのだが,なかなか上手く行かない。それでも,父親との思い出がないわけではない。淡々と父親の死までの情景が描かれていく。

自伝的作品だと言う。とすれば,監督の父親も蒙古で映画を撮っていたのであろう。
父親が故郷を訪ねる。おそらくは映画を撮っていた撮影所を訪問する。映画看板などが並ぶ中を奥へ行くと何とフィルム上映施設がある。何かを上映してみましょうか?と,古い彼の映画をかけてみる。広大な大地を馬が駆けていく。その馬に乗りこなす彼の若き姿がある。映画とはこういうものだったのだし,映画とはかくあってほしいとの思いが噴出する瞬間だ。こういうところに映画への愛がひしひしと感じられる。

The Kids (小孩) 第28回東京国際映画祭 アジアの未来

ジアジアが好きだったバオリーは,ある日屋上でいじめられている彼女を助けて親しく付き合うようになった。突然場面は現在へ移動する。二人には既に子供がいる。バオリーは定食屋で働き,ジアジアはカフェで働いている。ただ,ジアジアはカフェの店長とできているらしい。もちろん,「いい人」であるバオリーはそんなことは露とも知らない。
二人はバオリーの母親と一緒に住んでいる。二人が働きに出ている間,幼い子供の面倒はその母親が見ているのだが,彼女はギャンブル好きで,賭け麻雀に子供を連れて行ったりしている。
一間のアパートでは手狭だし,そろそろ引っ越しを考えていたが,頭金をバオリーの母親が賭け麻雀で使い込んでしまった。せっかく二人で働いて貯めた金なのに。

貧困から抜けだそうにも抜け出せない生活。幸せならばそれでもいいが,ジアジアがカフェ店長とできていることからもわかるように,未来が見えない生活には飽き飽きしているようでもある。そこへバオリーの母親の使い込みである。どうにもならなくなってしまった若者の行く末は自ずと見えている。
バオリーはいい人過ぎるのだ。映画では子供の誕生は全く描かれていないが,実はこの子供はバオリーの子供ではないのかもしれないとさえ思う(私はずっとそう思って映画を観ていた)。厳しい映画ではある。でも,台湾の今がそこには描かれている。

©Public Television Services

神様の思し召し (Se Dio Vuole) 第28回東京国際映画祭 コンペティション

トンマーゾは心臓外科医だ。彼は素晴らしい腕をしているが,結果は全て自分の技術だという信念の持ち主で,当然のように奇跡など信じない。難しい手術が成功するのも自分の腕のなせるものであって,奇跡であろうはずがないではないか!息子のアンドレアも医学の道に進んでいるが,すごい秀才でもない。試験を落としかねない成績なので,もう少し頑張ってほしいと思っている。ところが,最近彼の様子がおかしい。何やら告白をしたいと言う。まさか,ゲイをカミングアウトするのかと思ってびびっていたら,あろうことか,神の道に進みたいとの告白であった。そんなの承知できるわけがないじゃないか!神なんていう曖昧なもので飯を食うことなんてできるわけがなかろう。
どうやら,彼に入れ知恵をした人物がいるらしいと探ってみると,毎回とある集会に出ているらしいことを突き止める。そこでわかりやすい説教をしているのがピエトロ神父である。なるほど,彼の口車に乗せられたに違いないと考えたトンマーゾは神父に近づいていく。

笑わせて,感動させて,しかも,ホロリとまでさせてくれるコメディとはかくあるべしという作品。とりわけ主役のトンマーゾとピエトロ神父の絡みが実に面白く,よくできている。失業者で,しかもひどい女房と知恵遅れの弟を持っている先の展望が全くないような男として近づくわけだが,当然ながら本性がチラチラ出てしまう。ここで笑いが取れなければ,そんな脚本はクズですよね。いやぁ,上手い上手い,素晴らしいストーリー展開。女房と知恵遅れの弟のいる悲惨な家に連れて行けという神父の要望にも,何とかそれなりの役を割り当てた知り合いに演じてもらうのだが,当然のように大笑いの連続。ホントによく考えられた脚本だし,上手い演出をしているなという印象。そして,決まりきったように神父の心根に魅力を感じていってしまうトンマーゾ。この手のコメディのお手本のような展開です。
ラストは,かなり衝撃的だが,それでも印象は悪くない。それは結末を観客に投げているからかもしれないのではありますが。

こんなコメディ映画が普通に観られるようになってくれたらなぁと思うのでした。ちなみに,本作は観客賞を取りました。当然でしょうね。

© 2015 WILDSIDE

ガールズ・ハウス (خانه دختر) 第28回東京国際映画祭 コンペティション

明日は友人の結婚式だ。自分たちが着るものを選ぶのだけでも大変で,色々と買い物もある。ところが,買い物をしている最中に,その友人が死んだという電話が入る。驚いた彼女たちは何が起きたのかを知ろうと駆けまわる。結婚相手に聞いてもわからない。友人の父親も全く何も言ってくれない。直前まで新居のカーテンを変えていたらしいというのに…。一体彼女に何が起きたのか?

観客にも一体何が起きているのかわからない状態で映画は進んでいく。あたかもミステリ映画であるかのように,結婚する女性の友人たちや結婚相手が動く様子をそのまま映し出していくのだ。
最後の最後に真相は明かされる。そして,別角度のキャメラが冒頭に起きていたシーンを再度説明していく。それにしても,世界の常識の地域差というのには,やはり驚かされてしまう。ただ,日本でもほぼ同様なことは昔おそらく起きていたのではないかと思うと,果たしてそれを地域差と呼ぶべきものなのかどうかも疑わしくなる。

家族の映画 (Rodinný film) 第28回東京国際映画祭 コンペティション

冬休みにはまだだいぶ日数があるが,両親は揃ってヨットクルーズに出かけていく。残された姉弟の二人は留守番だが,両親もいないせいか,かなりルーズになっている。特に弟の方は学校をずっとサボっている。でも,毎日 Skype するので,両親は安心しているようだ。Skype の時間にさえちゃんと家にいればいいのだから,子供たちの動向が正確に両親にわかるわけではないのだ。とうとう弟のサボりが問題となるが,両親の消息がわからなくなってしまう。どうやら,嵐に遭遇して行方不明になってしまったようだ。心配だが,情報は遅々として入手できない。どうなってしまうのだろう?

チェコ映画である。チェコでは子どもたちを放っておいて,両親は勝手にバカンスに出かけてしまうようなお国柄なのかと思いきや,監督の話によれば,両親は昔ヒッピーのような人たちだったので,今でもこんな自由なことをやっているんだというような話をしておられました。さすがに,一般的ではないらしい。
途中,突然両親が行方不明になってしまうのだが,結局は無事帰ってくる。しかしながら,一緒に連れて行っていた犬はどうなったやらわからない。彼らは死んだと思っているようなのだが,実は生きていて,映画の後半はこの犬のサバイバルが物語の一つとして進行していくのである。かなり凝った撮影もしており,これにはちょっと驚かされる。愛犬が無人島でロビンソンクルーソーのような生活をしていたという記事から構想を得たとのこと。タイトルから想像される印象から考えると,ちょっとびっくりさせられる映画であるのは確かだ。

© endorfilm s.r.o., 42film GmbH, Česká televize, Arsmedia d.o.o., Rouge International, Punkchart films s.r.o.

パティーとの二十一夜 (21 Nuits avec Pattie) 第28回東京国際映画祭 ワールド・フォーカス

疎遠だった母が死んだ。母は自由気ままに生きた。娘のこともあまりかまわずに,旅をし,恋をし,人生を楽しんだのだ。キャロリーヌはそんな母が最後に暮らしていた南仏の小さな村に赴く。
母の家はパティという女性が管理していた。彼女は実に面白い人間で,話をすればセックスの話になってしまったりする。彼のセックスって,ほんとにすごい。思い出すだけで,イッちゃいそう…などと。自分とは何て違うんだろうと思っていると,驚くことに,母の死体が消えていた。警察に届けるが,果たして見つかるかどうか?そんな中,驚くべき人物が母の死を知り,訪ねてくる。

これまたフランス映画らしい映画。特に何が起きるわけではない(とは言え,死体消失が起きてはいるのだが,それはこの映画ではさほど驚くべきことではないのだ)。ただただ,登場人物たちの会話を楽しみ,笑い,感動すればいい。村に住んでいる人たちは実にエネルギッシュで風変わりだ。でも,いつも楽しそうにしている。もちろん,パティも。おそらくは,ここで生きていたキャロリーヌの母親も。そんな人々と触れ合うことで,キャロリーヌ自身も少しずつ変わっていく。人生は楽しいのだ!まさに人生賛歌である。

©Jérôme Presbois © 2015 Arena Films – Pyramide Productions