日別アーカイブ: 2015年11月8日

神様の思し召し (Se Dio Vuole) 第28回東京国際映画祭 コンペティション

トンマーゾは心臓外科医だ。彼は素晴らしい腕をしているが,結果は全て自分の技術だという信念の持ち主で,当然のように奇跡など信じない。難しい手術が成功するのも自分の腕のなせるものであって,奇跡であろうはずがないではないか!息子のアンドレアも医学の道に進んでいるが,すごい秀才でもない。試験を落としかねない成績なので,もう少し頑張ってほしいと思っている。ところが,最近彼の様子がおかしい。何やら告白をしたいと言う。まさか,ゲイをカミングアウトするのかと思ってびびっていたら,あろうことか,神の道に進みたいとの告白であった。そんなの承知できるわけがないじゃないか!神なんていう曖昧なもので飯を食うことなんてできるわけがなかろう。
どうやら,彼に入れ知恵をした人物がいるらしいと探ってみると,毎回とある集会に出ているらしいことを突き止める。そこでわかりやすい説教をしているのがピエトロ神父である。なるほど,彼の口車に乗せられたに違いないと考えたトンマーゾは神父に近づいていく。

笑わせて,感動させて,しかも,ホロリとまでさせてくれるコメディとはかくあるべしという作品。とりわけ主役のトンマーゾとピエトロ神父の絡みが実に面白く,よくできている。失業者で,しかもひどい女房と知恵遅れの弟を持っている先の展望が全くないような男として近づくわけだが,当然ながら本性がチラチラ出てしまう。ここで笑いが取れなければ,そんな脚本はクズですよね。いやぁ,上手い上手い,素晴らしいストーリー展開。女房と知恵遅れの弟のいる悲惨な家に連れて行けという神父の要望にも,何とかそれなりの役を割り当てた知り合いに演じてもらうのだが,当然のように大笑いの連続。ホントによく考えられた脚本だし,上手い演出をしているなという印象。そして,決まりきったように神父の心根に魅力を感じていってしまうトンマーゾ。この手のコメディのお手本のような展開です。
ラストは,かなり衝撃的だが,それでも印象は悪くない。それは結末を観客に投げているからかもしれないのではありますが。

こんなコメディ映画が普通に観られるようになってくれたらなぁと思うのでした。ちなみに,本作は観客賞を取りました。当然でしょうね。

© 2015 WILDSIDE

ガールズ・ハウス (خانه دختر) 第28回東京国際映画祭 コンペティション

明日は友人の結婚式だ。自分たちが着るものを選ぶのだけでも大変で,色々と買い物もある。ところが,買い物をしている最中に,その友人が死んだという電話が入る。驚いた彼女たちは何が起きたのかを知ろうと駆けまわる。結婚相手に聞いてもわからない。友人の父親も全く何も言ってくれない。直前まで新居のカーテンを変えていたらしいというのに…。一体彼女に何が起きたのか?

観客にも一体何が起きているのかわからない状態で映画は進んでいく。あたかもミステリ映画であるかのように,結婚する女性の友人たちや結婚相手が動く様子をそのまま映し出していくのだ。
最後の最後に真相は明かされる。そして,別角度のキャメラが冒頭に起きていたシーンを再度説明していく。それにしても,世界の常識の地域差というのには,やはり驚かされてしまう。ただ,日本でもほぼ同様なことは昔おそらく起きていたのではないかと思うと,果たしてそれを地域差と呼ぶべきものなのかどうかも疑わしくなる。

家族の映画 (Rodinný film) 第28回東京国際映画祭 コンペティション

冬休みにはまだだいぶ日数があるが,両親は揃ってヨットクルーズに出かけていく。残された姉弟の二人は留守番だが,両親もいないせいか,かなりルーズになっている。特に弟の方は学校をずっとサボっている。でも,毎日 Skype するので,両親は安心しているようだ。Skype の時間にさえちゃんと家にいればいいのだから,子供たちの動向が正確に両親にわかるわけではないのだ。とうとう弟のサボりが問題となるが,両親の消息がわからなくなってしまう。どうやら,嵐に遭遇して行方不明になってしまったようだ。心配だが,情報は遅々として入手できない。どうなってしまうのだろう?

チェコ映画である。チェコでは子どもたちを放っておいて,両親は勝手にバカンスに出かけてしまうようなお国柄なのかと思いきや,監督の話によれば,両親は昔ヒッピーのような人たちだったので,今でもこんな自由なことをやっているんだというような話をしておられました。さすがに,一般的ではないらしい。
途中,突然両親が行方不明になってしまうのだが,結局は無事帰ってくる。しかしながら,一緒に連れて行っていた犬はどうなったやらわからない。彼らは死んだと思っているようなのだが,実は生きていて,映画の後半はこの犬のサバイバルが物語の一つとして進行していくのである。かなり凝った撮影もしており,これにはちょっと驚かされる。愛犬が無人島でロビンソンクルーソーのような生活をしていたという記事から構想を得たとのこと。タイトルから想像される印象から考えると,ちょっとびっくりさせられる映画であるのは確かだ。

© endorfilm s.r.o., 42film GmbH, Česká televize, Arsmedia d.o.o., Rouge International, Punkchart films s.r.o.

パティーとの二十一夜 (21 Nuits avec Pattie) 第28回東京国際映画祭 ワールド・フォーカス

疎遠だった母が死んだ。母は自由気ままに生きた。娘のこともあまりかまわずに,旅をし,恋をし,人生を楽しんだのだ。キャロリーヌはそんな母が最後に暮らしていた南仏の小さな村に赴く。
母の家はパティという女性が管理していた。彼女は実に面白い人間で,話をすればセックスの話になってしまったりする。彼のセックスって,ほんとにすごい。思い出すだけで,イッちゃいそう…などと。自分とは何て違うんだろうと思っていると,驚くことに,母の死体が消えていた。警察に届けるが,果たして見つかるかどうか?そんな中,驚くべき人物が母の死を知り,訪ねてくる。

これまたフランス映画らしい映画。特に何が起きるわけではない(とは言え,死体消失が起きてはいるのだが,それはこの映画ではさほど驚くべきことではないのだ)。ただただ,登場人物たちの会話を楽しみ,笑い,感動すればいい。村に住んでいる人たちは実にエネルギッシュで風変わりだ。でも,いつも楽しそうにしている。もちろん,パティも。おそらくは,ここで生きていたキャロリーヌの母親も。そんな人々と触れ合うことで,キャロリーヌ自身も少しずつ変わっていく。人生は楽しいのだ!まさに人生賛歌である。

©Jérôme Presbois © 2015 Arena Films – Pyramide Productions